2月7日付東京新聞社説
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2010020702000072.html
週のはじめに考える 政治と検察の透明性
国民主権下の公権力は国民に由来します。それを託された側は、常に謙虚さを失わず、可能な限り国民に透明な形で行使しなければなりません。
「牛刀を以(もっ)て鶏を割くようなやり方だ」-小沢一郎民主党幹事長は、自分の政治資金管理団体「陸山会」に関する東京地検の捜査を当初、このように受け止めて反発しました。
牛刀を以て…とは小さなことを処理するのに大がかりなことをする、つまり大げさなことのたとえです。小沢氏は、政治資金収支報告の誤りぐらいで秘書の逮捕とは不公正だ、と主張しました。
◆納得できぬ小沢氏の説明
“小沢資金”には億単位の不透明な流れがありました。小沢氏の主張のような形式ミス、小さな問題とは言えませんが、国会開会直前に現職議員を駆け込み逮捕した捜査手法は衝撃的でした。
一年近い捜査の展開と「小沢氏不起訴」という決着の間に違和感も覚えます。捜査を見守っていた国民の多くの印象は「隔靴掻痒(かっかそうよう)」でしょう。
小沢氏は国民が納得できる説明をせず、検察も公式には言葉少なです。建設会社の裏金、政治資金の複雑な動き…浮上した疑惑は多くても、公表された結論は「政治資金の虚偽報告に関する共謀の嫌疑が不十分」だけ。「政治資金の闇」をうかがわせます。
このような状況下で警戒すべきは、政治における正義の確保、政治浄化を検察に期待する雰囲気が生まれやすいことです。今回も似たような兆候がありますが、抽象的な正義の実現や政治の浄化を捜査に期待するのは誤りです。
事件解明を望むあまり、捜査当局者を無批判に正義の体現者のように見ることも危険です。公権力を握る者が「正義」を振りかざして強権を行使すると暗くて怖い社会が到来するでしょう。
◆国民から託された権力
人間の病気にたとえれば、法で病変部と定められた患部を取り除く。捜査の役割はそこまでです。手術方法も法による制約があります。捜査権という権力の行使は謙抑的でなければなりません。
日本国憲法前文には「国政は国民の厳粛な信託により、その権威は国民に由来する」とあります。あるべき政治の姿や政治的正義を再定義する、これまた比喩(ひゆ)を使えば、何が政治の病気なのか、体質をどう変えるべきかは主権者の判断事項なのです。
政治、主権者、捜査の関係を考えると「説明責任」も単純ではありません。
憲法第三八条は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」と定め、刑事訴訟法も被疑者、被告人の黙秘権を保障しています。小沢氏は政治資金規正法違反で告発されており、刑事責任を問われる可能性がありますから、説明を拒否する権利があるのです。
他方、小沢氏は、国民に権力を負託された国会議員、それも政権党の最高実力者です。こちらの面では、負託にかかわる国民の判断を誤らせないよう正直に説明する責任があります。
政治家として権力を握り続けながら真実を説明する責任を免れることは許されません。
検察の権力も国民から託されたものですから一定の説明はすべきです。疑獄捜査のような広範囲の捜索、事情聴取の真の狙いは何だったのでしょう。
情報開示で捜査に支障が出るかもしれないという一般論は理解できますが、捜査権を適正に行使していると理解してもらおうとする姿勢は必要でしょう。
小沢氏周辺が一部報道に「検察の意図的な情報漏洩(ろうえい)だ」といきり立ったのは、国民の隔靴掻痒感に便乗した反応といえます。
意図的漏洩とは勘ぐり、記者たちの取材努力の成果ですが、検察側が責任を負う形で発信される情報が少ないだけに、捜査の意図や狙いをつかみきれず戸惑った人が少なくないはずです。
政治の行方や国民生活への影響が重大な場面です。与党の一部にある感情的な捜査批判は別としても、現在進行形の波紋の広がりを考えると、「いずれ必要に応じて裁判で明らかに」ではなく、早い段階で国民への可能な限りの情報提供が求められています。
多メディア時代の今日、真偽さまざまな情報が大量に流れていますからなおさらです。
◆透明化で国民に固い基盤
政治家・小沢氏にあいまいな態度は許されません。国民の前で率直に説明すべきです。
同時に、取り調べだけでなく捜査全般をもっと国民に見える形にしたいものです。「取り調べ可視化法案」を捜査牽制(けんせい)の道具に使うのは不謹慎ですが、開かれた捜査は国民の理解を得て固い基盤を築くことにつながるでしょう。
>このような状況下で警戒すべきは、政治における正義の確保、政治浄化を検察に期待する雰囲気が生まれやすいことです。今回も似たような兆候がありますが、抽象的な正義の実現や政治の浄化を捜査に期待するのは誤りです。
>事件解明を望むあまり、捜査当局者を無批判に正義の体現者のように見ることも危険です。公権力を握る者が「正義」を振りかざして強権を行使すると暗くて怖い社会が到来するでしょう。
何度も書いてきましたが、自民党政権下で検察が「政治とカネ」に手を突っ込んだ時、東京新聞は一度でもこんなことを書いたことがありましたかね?
むしろ今の状況で「国民は我々に政権を委ねたんだ!」という「『正義』を振りかざして強権を行使」しているのは民主党政権でしょうよ。天皇陛下を媚支那外交に利用したり、陳情は小沢を通じてでしか政府に伝えられないシステムを作ったり、予算が成立してもいないのに「個所付け」を自治体に内示したり、「コンクリートから人へ」と謳いながら小沢の利権ダムだけはちゃっかり工事を続行してたり・・・、民主党政権の「強権」は枚挙に暇がありません。
朝日も同じです。
2月5日付朝日新聞社説
http://www.asahi.com/paper/editorial20100205.html
小沢氏不起訴―このまま続投は通らない
土地取引をめぐる政治資金収支報告書の虚偽記載事件で、東京地検特捜部は小沢一郎民主党幹事長を不起訴処分とした。虚偽記載にかかわった嫌疑が「不十分」との判断だ。
小沢氏の元秘書の石川知裕衆院議員ら3人は、政治資金規正法違反の罪で起訴された。
特捜部が昨年3月、西松建設の違法献金事件の強制捜査に着手して以来、総選挙をはさんで、約1年間に及んだ小沢氏の政治資金をめぐる捜査に大きな区切りがついたことになる。
小沢氏は幹事長続投を表明し、鳩山由紀夫首相も認める考えだ。
■国会で疑問に答えよ
しかし、一件落着というわけにはいかない。
捜査の焦点は、小沢氏が虚偽記載にかかわっていたかどうか、土地購入の原資にゼネコンからのヤミ献金が含まれていなかったかどうかだった。
石川議員は自らの虚偽記載は認めながらも、小沢氏の関与やヤミ献金の受け取りを否定した。小沢氏も2度にわたる特捜部の事情聴取に対し、虚偽記載は承知しておらず、不正な裏金は一切もらっていないと主張した。
捜査を尽くした結果、公判で有罪にできる確証が得られなければ、検察が不起訴と判断するのは当然だが、多くの疑問が残されたままである。
原資に不正な金が含まれていないというなら、なぜ資金の流れを隠す必要があったのか。土地購入と同時期に岩手県内のダム工事を下請け受注した中堅ゼネコン幹部が石川議員に5千万円を渡したと供述している疑惑も、完全には晴れていない。
今後、この捜査が国民の代表からなる検察審査会で検証されれば、今回の処分が見直される可能性もある。問題がなお、尾をひくことは間違いない。
今回、刑事責任こそ問われなかったとはいえ、小沢氏が負うべき責任は極めて重い。
まず果たすべきなのは、国民への事実の説明である。
土地購入の原資についての小沢氏の説明は二転三転した。巨額の資金を長期間、タンス預金していたことにも不自然さが残る。小沢氏周辺では、他にも収支報告書に記載のない巨額の資金移動の疑いが持たれている。
不起訴が決まった以上、「捜査中」を理由に野党が求める参考人招致を拒むのはつじつまが合わない。国会の場で堂々と疑問に答えてもらいたい。
より重大なのは、政治的、道義的な責任である。
現職衆院議員を含む元秘書ら3人が逮捕、起訴された事件が、日本社会に与えた衝撃は大きく、深い。
■政権交代への幻滅も
昨年、歴史的な政権交代を実現させた民意は、政治そのものが新しく生まれ変わることへの期待に満ちていたはずである。それなのに、政界はまたしても自民党政権時代と変わらない「政治とカネ」の問題一色。野党は今後も、小沢氏の資金問題と、谷垣禎一自民党総裁のいう「小沢独裁」政権的な体質を厳しく追及する構えだ。
新年度予算案の審議や米軍普天間飛行場の移設先の決定など、鳩山政権はこれから胸突き八丁を迎える。今の「政策以前」の状況から一刻も早く脱し、再出発しなければならない。
小沢氏は長く、「政治改革」実現をめざす動きの先頭に立ってきた。政権交代可能な2大政党を育て、緊張感のある政策論争を通じて日本の政治をよりよくする。そのことと今のありさまとの落差をどう考えているのか。
このままでは、政権交代そのものへの幻滅さえ招きかねない。政治改革の進展も、それを通じた民主主義の前進も台無しになりかねない。
小沢氏がこれらの責任を果たすことができないのであれば、潔く幹事長を辞任するべきである。
政治の局面を転換し、建設的な政策論争の場を国会に取り戻すためには、それしかない。不起訴だからというだけでは、とても続投の理由にはならない。
起訴された石川議員も、自ら議員辞職を決断すべきだろう。
民主党自身の自浄能力も問われる。この間、小沢氏に国会での説明を求めたり、政治責任を問うたりする声はほとんど聞かれなかった。
選挙対策や国会対策、党運営における小沢氏の手腕は大きいが、いつまでも小沢氏頼みであっていいわけがない。事件を小沢氏依存から卒業する契機にするくらいのしたたかさが議員たちに欲しい。
■検察も時代に対応を
検察にも注文がある。
国会開会直前の石川議員の逮捕は異例の捜査手法だった。西松建設事件でも、総選挙を控えた時期の捜査着手に「国策捜査」との批判があった。
疑いがあれば捜査を尽くすのは当然だし、公判維持を考えれば、詳細を明らかにできない事情も理解できる。
ただ、政権交代時代を迎え、世論が政界捜査に公平性や透明性を求めるようになっていることも軽んじてはいけない。法務・検察当局にも、節目節目で可能な範囲で国民に説明を試みる努力が必要なのではないか。
政権交代で幕を開けた新時代の土台には、まだ古さも残る。日本の政治をさらに前に進めるために、今回の事件から学ぶべき教訓は数多い。
>政権交代時代を迎え、世論が政界捜査に公平性や透明性を求めるようになっていることも軽んじてはいけない。
いやいや、自民党政権もちゃんと選挙で勝利することを積み重ねて存続してきた政権ですよ。去年の民主党と同じように国民の負託を受け、選挙で敵対政党に勝利した結果として成立してきた政権です。「政界捜査に公平性や透明性」が求められるべきことは、自民党政権時代であっても何ら変わらなかったはずではないですか? まさか自民党政権の場合は政界捜査は不公平・不透明でも構わないと朝日は主張するのでしょうか? それが民主党政権になった途端に「政界捜査は公平・透明に!」とブチ上げるのは不自然ですね。どう考えても、民主党政権に検察のメスが入ること自体を嫌がっているとしか思えませんが。しかも、朝日新聞社自身の主張としてではなく「世論が求めている」という書き方で。仮にそういう「世論」があるとすれば、大谷昭宏や勝谷誠彦のような小沢からカネを貰っている御用ジャーナリストがテレビを占領して「検察のリークだ!小沢さんは悪くない!」と叫び、「在日参政権」などの反日政策に期待する新聞が「小沢も問題だが、検察のやり方も問題だ」として小沢の「悪」を相対化する論説を連日繰り広げたりする結果だろ。
by yanemike
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